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【世界文化遺産登録】「いわて 釜石・橋野鉄鉱山」のご案内

文章およびアクセス情報は岩手県沿岸広域局作成のパンフレット
「2つの世界遺産と三陸の旅」より引用。(一部を除く))

大島高任肖像画
画像提供 釜石市産業振興部観光交流課

大島高任(たかとう)が築いた洋式高炉は
日本近代製鉄の「はじまり」となった。

「鉄のふるさと」釜石・大槌

 岩手県の東側をしめる北上山地の山間では、古代から砂鉄を原料とする製鉄業が行われてきました。鍋や鎌、海水を煮て塩をつくる塩釜などを作り、地域を支えていました。大槌町内には古くから製鉄を行っていたことを示す絵巻物が今も残されています。
 江戸時代末期、蘭学者・大島高任が盛岡藩大槌通甲子村(おおつちどおりかっしむら※現釜石市甲子町)大橋に洋式高炉を建造し、安政4年12月1日(西暦1858年1月15日)に日本で初めて鉄鉱石を原料とする銑鉄(せんてつ)の製造に成功しました。成功の背景には三陸地方で培われてきた製鉄文化と釜石地方の豊富な鉄鉱石がありました。釜石・大槌を「鉄のふるさと」と呼ぶのはこのためです。

近代製鉄の父・大島高任

 大島は盛岡の生まれ。父は盛岡藩に仕える医師で、大島自身も医学を学ぶために江戸や長崎に遊学することを許されました。
 大島が長崎で学んだのは医学だけではありませんでした。西洋の兵学、砲術、採鉱、冶金(やきん)の技術も身につけたのです。さらに、オランダ人ヒュゲーニンと出会い、「ロイク王立鉄製大砲鋳造所における鋳造法」の翻訳も行いました。
 その大島を西洋技術を持った技師として抜擢したのが水戸前藩主・徳川斉昭(なりあき)でした。日本の海防を担っていた斉昭は、盛岡藩に頼んで大島を雇い、水戸領那珂湊(なかみなと)に鉄製大砲を製作するための反射炉を造りました。
 当時、外国の脅威に備えて海防を進めていましたが、日本の大砲は青銅砲や木砲でした。そのため、反射炉で鉄製大砲を造ろうとしますが、原料である鉄が砂鉄原料であったことから砲身が弱いなどの問題があり、鉄鉱石を原料とした鉄が必要であることを進言。釜石に眠る鉄鉱石に目を付け、盛岡藩の許しを得て、大橋の山中に洋式高炉を建設したのです。
 外国人技師の力を借りず蘭書のみを頼りに建設されたこの高炉は、西洋の技術と日本古来の技術を融合させることにより、成功を収めました。

鉄のまち・釜石の礎に

 那珂湊(なかみなと)の反射炉や大橋高炉の成功を受けて大島の技量を信じた盛岡藩は、安政5年、かねてからの大島の願いを聞き入れ、新たに橋野高炉の建設を始めました。 大島が橋野地区に着目した理由として、(1)鉄鉱石が豊富なこと (2)高炉の燃料となる木炭を生産できる森林が豊かなこと (3)高炉に風を送る水車の動力源となる水(川)が豊富であること (4)高炉構造物に使う花崗岩(ごま石)が周囲に分布すること (5)材料の運搬や製品の輸送に使う牛馬の調達ができること (6)複数の高炉が建設できる広大な土地があること、などが挙げられます。
 そしてなによりも、古代以来この地で行われてきた「たたら製鉄」に携わる、鉄を扱える職人たちが多数いたことを忘れてはなりません。
 こうした要因がうまく絡み合って、橋野地区をはじめ釜石周辺には多くの高炉が建設されました。明治時代前半までに釜石では高炉13基が造られ、最盛期の年間生産量は約3000トン、高炉で働く人は約3000人という国内最大級の工業地帯に成長を遂げました。

一番高炉の石組み

世界文化遺産に登録

 2015年7月、橋野鉄鉱山(橋野高炉跡及び関連遺跡)を含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」は、第39回世界遺産委員会で世界遺産に登録されました。江戸時代の終わりから明治時代にかけて、日本の近代化を推し進めた「製鉄・製鋼」「造船」「石炭産業」について、その世界的価値が評価されたものです。構成資産は全国8県11市、8エリア23資産。その構成資産の一つ、橋野高炉跡を含む橋野鉄鉱山は、日本の近代製鉄産業の歴史を語るに欠かせない史跡です。


二番番高炉の石組み

「橋野高炉跡を含む橋野鉄鉱山」の資産

 「橋野高炉跡を含む橋野鉄鉱山」は、標高560〜950メートルの山地に位置する遺跡です。山中には鉄鉱石の採掘跡が、採掘場から高炉場まで下る川沿いには牛や人力により鉄鉱石が運搬された運搬路跡が、そして、山裾には製錬場跡が残っており、これら3つの遺跡が世界遺産登録資産となっています。
 採掘場跡と運搬路跡は保存のため非公開ですが、公開されている製錬場跡「橋野高炉跡」は、現存する洋式高炉としては、日本最古のものです。鎖国時代だった当時、西洋の高炉法を書物だけで学びながら、様々な日本古来の技術を活かして造られていることが特徴です。高炉で作業するための覆屋は日本の純木造建築であり、高炉に風を送るふいごには古代からの箱ふいごの技術を応用。高炉の石組みには城の石垣積みの技法が使われました。

 

製鉄の歴史を知る4施設

【おすすめ!】橋野鉄鉱山の見学の前に訪れると感動が倍増します!

近代製鉄発祥地・釜石の歴史は、世界の歴史にとっても価値のあるものです。鉄という物質を理解し、鉄が私たちの暮らしをどのように高めて」くれたのかを知ることは、釜石の歴史を知ることでもあります。

いろいろな疑問が解決します。

  • ★どうやって鉄をつくったの?
  • ★高炉はどれくらいの大きさだったの?
  • ★鉄の材料は?

 

釜石鉄の歴史館

◎見学時間/約1時間30分

近代製鉄の父・大島高任の偉業と、釜石の製鉄業に携わった先達の偉業を後世に伝える鉄の歴史館。1階には、橋野高炉跡に残る三番高炉の原寸大模型があり、釜石の鉄の歴史を表現する総合演出シアターとなっています。鉄文化の黎明期から近代製鉄までの歩みを伝える資料も充実。製鉄の遊具で遊んだり、鋳造体験もできるコーナーは、子どもたちにも人気です。

鉄の歴史館 第三高炉の実物大模型。いま残っている石組みは下から4段目くらいです。

高炉を覆っていた建屋の模型 上の部分に高炉の頭がのぞいています。当時はすごく巨大な建造物でした。

Information
  • 【電話番号】0193-24-2211
  • 【営業時間】9:00〜17:00(入館は16:00まで)
  • 【住所】釜石市大平町3丁目12-7
  • 【休館日】火曜日、12月28日から31日
  • 【料金】小中学生150円、高校生300円、一般500円
  • 【アクセス】釜石駅から車で約10分
  • 【ホームページ】http://www.city.kamaishi.iwate.jp/tanoshimu/
    spot/detail/1191193_2452.html

橋野鉄鉱山インフォメーションセンター

◎見学時間/約40分

「橋野鉄鉱山」の歴史や高炉の仕組みなどを映像やパネルなどで紹介するガイダンス施設。スクリーン映像は3本、全視聴時間約20分。センターから橋野高炉跡の現地ガイドもあります。

トイレ休憩はここでどうぞ

Information
現地ガイドスケジュール(所要時間45分)

(1)11:00〜 (2)13:00〜 (3)14:00〜 (4)15:00〜の全4回。
※季節によって時間が変更になる場合もあります。
※現地ガイド料一人100円(中学生以下無料) 団体は3,000円

釜石市郷土資料館

◎見学時間/約40分

釜石市の歴史や文化の資料がそろいます。自然、考古、民俗、製鉄、津波などのコーナー別に約4000点が展示されています。製鉄コーナーでは、「橋野高炉」が稼動していた当時を再現した模型を展示。高炉の建物の形や鉄づくりの作業の様子をイメージすることができます。

ジオラマにて展示中の三番高炉の模型

Information
  • 【電話番号】0193-22-2046
  • 【営業時間】9:30〜16:30(入館は16:00まで)
  • 【住所】釜石市鈴子町15-2
  • 【休館日】火曜日、12月28日から1月4日
  • 【料金】無料
  • 【アクセス】釜石駅から徒歩で約5分
  • 【ホームページ】
    http://www.city.kamaishi.iwate.jp/mobile/kyoudo/

旧釜石鉱山事務所 ★現在リニューアル中! 2016年夏に一般公開の予定

釜石鉱山株式会社が総合事務所として使用していた建物。

お問い合わせ先0193-22-8835
(釜石市生涯学習スポーツ課文化係)